MtG日本選手権、勝手にカバレージ、準々決勝

日本選手権 プレイオフ
準々決勝 八十岡翔太 VS 廣澤遊太

 日本選手権があまりにも面白かったので、私家版カバレージを書くことにした。
 特に面白かったのは八十岡(ヤソ)のプレイオフ2戦で、これは全てティムールミラーであった。

 
■前置き 
 勝敗を先取りすると、彼は準決勝で渡辺雄也(ナベ)と対戦しているので、もしも対戦すればこれもティムールミラーになるはずだった。過日の世界選手権(プレイヤー選手権)決勝を思わせる日本マジック史最大の偉人にして現役の伝説であるこの二名の対戦が見たかった視聴者は国内外を問わず無数にいると思われるが、ワールドマジックカップ代表選考会も兼ねたこの準決勝においては、すでにキャプテンとして代表入りを決めているナベが、ヤソのチーム入りを望んで彼にトス(無条件敗北)を行った。もしもこの二人がティムールミラーで戦っていたら、名実ともに世界でもっとも難解なゲームが展開しただろう。これを超えるマッチアップは恐らく他にはない。たとえばルイス=スコット・ヴァーガスが現役だったとして、彼が最新のPTチャンプであるパウロ・ヴィタ―・ダモ・ダ・ロサとバントカンパニーミラーでマッチアップしたらこうなっただろうか? といったようなレベルのものである。ダモ・ダ・ロサがバントを使っていた記憶は全くないが。最近の彼はエスパードラゴンか赤単だった。
 とはいえバントカンパニーミラーという比喩がここに登場したことには適切さを感じる。煩雑なので詳細な説明は省くが、このデッキタイプは一年強ほど前までに存在していたこのアーキタイプは、その強さと専横ぶりで例年まれにみる悪評を垂れ流していた。そして同型戦でのクソゲーぶりが非常に有名だった。それを嫌って白緑トークンや白黒コントロールを選択する層も決して少なくはなかった。最強はバントカンパニーだったが、トーナメントの最終生存者にはなぜか白緑トークンが多かったのも、このアーキの底力だけというよりは、バントカンパニーのつぶしあいという側面があったような気もする。私もバントカンパニーは嫌いだ。
 
 ティムールことティムールエネルギーという今回の主題となるアーキタイプはそこまでやばいデッキではないが、細かいプレイングがものを言う非常にテクニカルなデッキである。そしてこのティムールという色彩は近年のスタンダード環境では独自の立ち位置を持ち続けたと言うことができるだろう。
 プロツアーを中心に展開するスタンダードのメタゲームは、近年は、ローテーション以外の問題も合わせて大荒れとなった。禁止カードの連打である。その第一の筆頭となったのが「密輸人の回転翼機」(コプター)だった。このカードは無色2で3/3飛行となる機体で、パワー1のクリーチャーで登場することができ、攻撃か防御をするとルーターをすることができる。このカードを中心にした白赤機体がトーナメントを席巻したが、問題は、コプターは無色だったため、軽いアグロやミッドレンジのデッキには色を問わず全て4枚装備されるというやばすぎる事態に突入した。
 そんなやばすぎるように見える時期のPT「カラデシュ」を、なぜか完全なるマイナーアーキタイプであるグリクシスコントロールでうっかり優勝してしまったのがヤソであった。しかもなぜかこのアグロ・コントロール環境で、ジェスカイコントロールのカルロス・ロマーオと争ったのだ(冷静に見るとPTトップ8の機体率は3/8だったが)。この優勝は、PT「タルキール龍紀伝」決勝でヤソがマーティン・ダンの赤単に敗北したとき以来、日本人なら誰もが夢見ていた悲願の瞬間と言えただろう。プロプレイヤー出身であるWoTCスタッフ、メリッサ・デトラも、ヤソはコントロール・ジーニアスであることを実証した、ということとTOP 5 MOMENTのベスト1で言及していた。
 こんな調子でトーナメントシーンを追っかけていくと時間も誌面も無限に足りないので忸怩たる思いではしょるのだが、このあとはうっかり発見された無限コンボ「サヒーリ・コンボ」が、「欠片の双子コンボ」の再来的に振る舞って環境末期まで大暴れしたりとか、カラデシュの前のPTでも大暴れしていた出たら対戦相手をコントロールしちゃう「約束された終末、エムラクール」をコストを踏み倒してプレイしちゃう昂揚デッキや「霊気池の脅威」デッキなどが隆盛し、最終的にコプター、機体コントロール系デッキの最終型として猛威を奮っていた白青機体の重要パーツである「反射魔道士」、(サヒーリ・コンボの中核である)「守護フェリダー」、それから最終的に「霊気池の脅威」が禁止されるに至った。この禁止顛末は本当に去年一年間のマジック・プレイヤーを翻弄しまくったやばい話なので、こうやってぱーっと話すには経緯が長すぎるのだが、とにかく禁止されたのだった。
 
 さて、その間ずっと独自の立ち位置で存在感を示し続けていたのがティムール(青緑赤・RUG)というカラーマッチングアーキタイプであった。ティムールといえば、その名前のもととなったタルキール環境では間違いなく最弱アーキタイプで、やはりレガシーにおけるカナディアン・スレッショルド(ティムール・デルバー)を彷彿とする人が多いと思うのだが、これがクロック・パーミッションであるのに対して、スタンのティムールは基本的に全てコントロールであった。これは古いマジック・ユーザーにはわかりにくいかもしれないが、カウンター呪文やドローソースの弱体化に伴い、フルパーミッションのようなアーキが成立しなくなった結果、除去コンやアドバンテージ重視の盤面コントロールが(とりわけ現代マジックでは)隆盛したことを示唆している。
 なるほど、青がカード、緑がマナソースを供給するとして、では赤が何を補給するのだ? と思われたかもしれない。せいぜいダメージによる全体除去か最大火力と思われるかもしれないし、実際それは正しいのだが、実はこれこそが最新の環境の特徴で、カラデシュ以降のマジックには「エネルギー」という独自概念が導入された。何らかのカードをプレイすると独自に貯まるカウンターで、これを消費することで強い効果を発揮するカードがいくつもある。カラデシュのローカルキーワード能力である。この存在によって、除去を打ちながらエネルギーを貯めたり、他のカードで貯めたエネルギーを赤のカードでぶっ放すことが可能になったのだ。もちろんそのエネルギーは、赤だけでなく青や緑でも使用されうる。
 ティムールはこの環境ではこのような変遷でメタの中核を担った。ティムールの中核カラーは僕はシミック(青緑)だと思っているが、赤緑でも同じような効果を持つことがあるので、場合によってはそれにも言及する。
 
 「赤緑昂揚ランプ」→「ティムール霊気池の脅威」→「ティムール電召の塔」(ヤソ制作とされる)→「四色サヒーリ」→「ティムール霊気池の脅威」→「ティムール・エネルギー」
 
 白緑や黒緑は独自の生態系を築いているので省略し、「静電気式打撃体」アグロコンボもちょっと性質が違うので除外した。
 このうち、今回の主題であるティムール・エネルギーは、コントロール色は強いが明らかにミッドレンジで、コンボデッキではない。しかし、四色サヒーリが5ターン目にフェリダーを出して勝てるように、有るタイプのデッキには5ターン目に「逆毛ハイドラ」をキャストして実質勝利となることも多いから、進行のリズム感がかなり似通ってくる。ハイドラなどの致命的なカードをキャストする手前を「つむじ風の巨匠」(反射魔道士が禁止ならこのカードも禁止レベル)で耐えるところもそっくりだ。
 なぜナベとヤソのティムール・ミラーが最高のマッチになっただろうと想定できるかというと、さるPTアモンケットでティムール霊気池を使用して準優勝したナベは、準決勝でプラチナプロのマーティン・ミュラーと霊気池ミラーで完勝していたからだ。ミュラーも最高レベルのプレイヤーだが、その二人ですらここまでの差が出るのが、ティムール・ミラーの醍醐味である。とてつもない事故が起きなければ、極めた方には絶対に勝てないと言える。そんなナベも決勝ではジェリー・トンプソンの黒単ゾンビに圧殺されてしまうというところがマジックの醍醐味でもあるのだが……。
 
■ゲーム1
 話を日本選手権に戻そう。ということでミラーはやばいのだが、こともあろうにヤソは全てのマッチアップをミラーで通過することになり、どのマッチも素晴らしいものがあった。断っておくと、ティムールはかなり有力なアーキタイプで、特にその直前に近い時期のグランプリデンバーを、ブラッド・ネルソン、ブライアン・ブラウン・ダイン、そしてコーレイ・バウマイスターのプロプレイヤー仲間たちが、三人で同じティムールエネルギーのリストを共有し、まさかの全員トップ4入りを決めてしまった(決勝もティムールミラー)ことからもインパクトがすごかった。とはいえ、プレイヤーが強いだけだろ、という説もかなり濃厚で、他のプレミアイベントでは以前として赤単やマルドゥ機体(まだ生きてた!)、それから青黒コントロールが入賞していた。他にも緑αランプや白単エルドラージ、そしてゾンビなど有力なアーキタイプがある。ティムールは決して支配的なアーキタイプではない。しかし、ミッドレンジの面目躍如とも言える(そしてコンボ不在のスタン環境も背景にした)柔軟な対応力が、トッププロたちにはかなり好まれているように見える。
 そういうことで、準々決勝ではさっそくミラー対決が実現することとなった。もしかしたらその前からよく当たっていたのかもしれない。
 スイスラウンドを1位通過したヤソは先手であるが、ダブルマリガンに見舞われる。一方で相手の廣澤は初手キープ。かなりの暗雲が立ち込める。なぜこんなにも厳しいマリガン基準をヤソは取ったのか。それはプレイオフではお互いのデッキリストが公開されるからだ。どういうアーキタイプであるかどころか、細かいカード選択までが白日の下にさらされる。したがって、ケアできることが増えてしまう。
 ヤソのマリガン前初手は赤青土地が1枚だけという立ち上がりで、マリガンが強制された。ティムールでの理想的な動きは1ターン目に緑が出る土地からの「霊気との調和」で、2T目にマナクリか「牙長獣の仔」を置き、3T目に「つむじ風」か「ならず者の精製屋」を出して、4Tか5Tに安全にハイドラか何かを着地させるというのがベストプランで、どこかで除去を構えながら動いてもよい。
 こうして見ると「調和」というカードは極めて強く、実質土地26枚体制だが、絶対値としては22枚に押さえることができ、無駄なカードを引きにくい割に、ならず者やらつむじ風やら、ドローサポートや時間稼ぎカードもたっぷりとある。調和とならず者という2種類のカードだけで、このデッキが謎に回るようになっているのは、展開一辺倒の他のアグロにはない魅力だ。しかもヤソはここにメインから3枚の「不屈の追跡者」(トラッカー)を入れるという徹底ぷりで、さらにドローサポートを追加した形だ。この独自チューンにはリストから唸らされる。彼はこのデッキリストのマナカーブを世界一美しいと発言しており、マナカーブとは何かを理解する上でも必見のリストと言えるだろう。
 とはいえそんな完璧なリストでもマリガンはマリガンだ。引き直したカードは、赤青・島・つむじ風・トラッカー・ならず者、エーテルスフィアハーベスター。全く噛み合わないハンド。だが土地が2枚あるため、これ以上のマリガンは危険と判断しキープする。森を一枚引ければゲームになりそうだ。
 一方の廣澤は、青緑ランド・霊気拠点・森、マナクリ、つむじ風、チャンドラ、チャンドラと理想に近いハンド。調和は打てないから1T目がスルーになるが、3T目にチャンドラを着地できる可能性が高い危険なハンドだ。マナクリを除去しようにも、八十岡には除去がない。果たしてどうなるか。
 予定通りの廣澤の2Tマナクリに対して、唯一の解答だった除去(削剥)を引き込んでいた八十岡は見事に相手ターンにそれを当てることができた。おかげで1T猶予が生じた。しかし土地が止まってしまった。廣澤はつむじ風をキャストし、続く流れでチャンドラをキャスト。土地が2枚で止まった八十岡は、チャンドラの返しのドローを確認して速やかに投了。事故だった。
 
■ゲーム2
 八十岡は
 out
 2 つむじ風 
 3 削剥
 in 
 2 チャンドラの敗北
 1 多面相の侍臣
 2 慮外な押収
 というサイドボーディングをしたように思われる。
 このサイドボーディングは唸らされる。削剥の対象となるタフネス2以下のクリーチャーに関しては蓄霊稲妻とマグマスプレーを手当として、それ以上のものについては侍臣と押収でパクってしまおうという腹だ。慮外な応酬はティムール必殺の懐刀といった感じで、これでハゾレトなどを取られると本当に悶絶するし、文字通り配慮外からパクられたという感じで精神的ショックが大きい。多面相の侍臣はあまり見かけないが、二回使い回せるところが偉い。これらのカードのおかげで、相手のスカラベ神やスカイソブリン、入っている場合には「放浪する森林」を必要以上に恐れる必要がなくなっている。弱点であるPWに対してはピンポイントな対策であるチャンドラの敗北をフルに投入し、先手では必要ないと判断して、時間稼ぎ要因のつむじ風をフルサイドアウト。つむじ風はティムールにおける重要な要だと私は思っていたので、そもそもメイン2という構成からして驚きだった。
 廣澤のサイドボーディングは見えなかったが、ハイドラやつむじ風を減らしている可能性があるようだった。増やすとすれば、トラッカー、慮外な押収、炎チャンドラがよいだろうか。
 ゲーム2も八十岡はマリガンからスタート。廣澤はキープした。廣澤は赤緑・島・赤青といった土地にならず者やスカラベ神を含んだハンド。
 注目のヤソのマリガン後ハンドは
 森 霊気との調和 霊気との調和 チャンドラの敗北 慮外な押収 ならず者の精製屋
 だった。実質土地3だが、圧縮が2回できる点では普通よりも優位だ。ようやくまとまなハンドに到達した。キープする。絶対に初手でサーチするので、占術をしないで土地を置いた。押収のダブシンが気になるが、ここは山を持ってくる。次に島でならず者につなげるか。次で青緑ミシュランを引き込んだ八十岡は最高の形で土地を4枚に伸ばし、調和で島を引っ張って青マナを2個確保する。
 2マナ域がない廣澤、土地をオープンしたままターンを返す。
 ヤソは山を置いて予定通りにならず者を出す。廣澤、蓄霊を持っていたがここで撃つのはやめる。
 次のターンに廣澤もならず者を出し、リソース差がだいたい等しくなる。実況のローリーさんは「蓄霊はグローリーブリンガーかトラッカーにあてたい」という。リストが公開されているので、廣澤も同じ認識を持っているのだろうか。リソース差が広がるトラッカーと、チャンドラの敗北がないゆえに致命的なグローリーブリンガーは、確かにマスト除去ということになる。
 八十岡、とりあえずならず者で攻撃。廣澤、ならず者でブロックして交換。八十岡、三枚目の霊気との調和で5枚目の土地を調達する。ローリーさんはヤソのデッキにチャンドラがある前提で解説しているが(廣澤がならず者を残したらよよかったパターンについて)、ヤソはチャンドラを取っていないので、廣澤が相殺を取ったのは正着のように思われる。ヤソはそこから植物の聖域(青緑)をプレイ。かなり土地を引いている。後の土地はトラッカーが調査するための餌に回したいところだ。
 4マナが揃った廣澤、チャンドラをプレイ。返しのターンに八十岡は応酬できたが、PWは対象に取れない。正着手だった。しかしヤソ、チャンドラの敗北をしっかり引いており、チャンドラを撃退、追加効果でルーティングまで行う。いらない森を処分する。
 返しのターン、エーテルスフィアハーベスターと牙長獣をキャスト。フルタップとなる。八十岡がフルタップで展開する瞬間はいつも見ものだ。それはミシュランで攻めるときかもしれないし、場を作るときかもしれないが、(2マナ残して相手の不安を誘いたい、などの欲望に負けて)こういうところで中途半端な展開をしていたらなければ、あとあと計算が狂っただろう必須の布石なのだ。
 廣澤はならず者をキャストしてドローしつつ、土地を置いて少し考える。ヤソは目を閉じて瞑想している。廣澤の手には蓄霊がある。打てば牙長獣を殺せる可能性がある。蓄霊稲妻というカードの面白いところは、支払ったエネルギー分のダメージを與えるのだが、その支払いが解決直前のプロセスであるためスタックに乗らず、防御側プレイヤーは打った段階でパンプアップしたいのならばスタックに乗せねばならないということだ。牙長獣2/2にエネルギーが10、これに対して廣澤の場はエネルギーが5に対して蓄霊で3増える。牙長獣はエネルギー2で+1+1するため、最大+5+5までいける。だが、合計7/7であるのなら蓄霊のエネルギー7/8で十分に打ち取れる。相手にエネルギーの無駄遣いをさせようにも、こちらのパンプアップの効率が相対的に悪いため、そういう小細工もできそうにない。都合、エネルギー1は恐らく増やされるだろう。この計算の結果、八十岡は少し考えて、そのまま牙長獣を墓地においた。廣澤、エネルギー6。
 次ターン、珍しく八十岡も少し考える。手札は、霊気拠点、緑巨人、慮外な応酬。ヤソはならず者を応酬し、ハーヴェスターに乗って攻撃した。エネルギーを支払ってライフリンクして、ライフは21:17。土地はおかずにターンを返す。手札が少ない。トラッカーを引いたら絶対に土地をプレイしたいのだ。
 慮外な応酬で奪うにはならず者は小さいが、エネルギーが1増え、ハーヴェスターに乗ってライフ差をつけることができるという点では見た目よりもリターンが大きい。そもそも応酬は使うだけで1;2交換ができる恐るべきカードで、青くてエネルギーを使えるなら絶対に使いたいカードだ。エンチャントで支配するのでもないから、永続的にコントロールを奪うこともできる。戦乱のゼンディカーに同じ効果の「影響力の行使」というカードがあったが、とにかくコントロールを奪い返せないというのはきつい。もちろん、グローリーブリンガーを督励して殴った方がいいという話もあるのだが、青単体でパーマネントに干渉できるという点では尊い(影響力の行使は烈日なので多色デッキでないと使えない)。それもあって、普通はサイドカードだが、ヤソはメインに1枚仕込んでいた。もちろん、万が一「副陽の接近」コントロールに当たったら何の意味もないカードだから、危険ではあるのだが。
 ヤソのチューンが光るのは一枚刺しの緑巨人だ。主に黒緑カウンターで大活躍のこのカードだが、単体でも5マナ8/8トランプルで、カウンターを分け与えることもできるというこのカードのクオリティが異常な高さは今更の話だが驚きだ。MtGを代表するバニラクリーチャーの甲鱗のワームは8マナ7/6である。むちゃくちゃだ。
 返しのターン、5マナを支払って廣澤はスカラベの神をキャストし、タップインランドを置いた。
 次のターンが正念場である。緑巨人をキャストするとして、どうカウンターを配分するか。墓地を確認し、土地を分けるなどしながら考える八十岡と、八十岡の墓地を見てスカラベ神のネタを確認する廣澤。
 スカラベ神は5/5であるため、もし地上のクリーチャーにカウンターを載せるなら、パワー5以上になるようにしなければ意味がない。しかし、それで相打ちを取っても、破滅のときのマルチカラー神どもは、死んだら手札にもどってくるという特殊能力を持っているので、相打ちもうまくない。ということは、緑巨人4/4、ならず者3/2について、4個のカウンターを配分するとなると、緑巨人6/6・ならず者5/4か、緑巨人4/4・ならず者7/6しかなくなる。トランプルでダメージが刻める分ギアハルク自身に乗せた方が優位にも見えるが、その選択肢を取るなら一手早いハーベスターではないかという感じもしてくる。アーティファクトどもはどいつも削剥に弱く、できたらカウンターを乗せたくない。廣澤はメイン2サイド1の削剥体制で、4枚ではないとはいえまだ使っていない以上、これからは毎ターン削剥される可能性が出てくる。
 かなり重要な場面である。ヤソの手札は二枚。ハーベスターを増強して、7/9ライフリンクで殴りたい欲望が鎌首をもたげる。それで3Tクロックだ。パワー7なら慮外の応酬をされる可能性も低い。削剥だけがかなり厳しい。だがスカラベ神にゾンビを量産され続けたらさすがに競り負けてしまうのではないか? またつむじ風の巨匠を引き込まれ、だらだらとトークンでタイムワープされたら、削剥が間に合ってしまうのではないか?
( 余談だが私がスカラベの神を殺した状態で「屍肉漁りの地」で墓地をリムーブしたのに、なぜかターンエンドにスカラベ神が相手の手札にかえっていく挙動がMOであったのだが、この挙動は本当なのか? 墓地から消えた状態でも帰ってくるはずなくないか? 領域外に飛んだらオブジェクトの同一性ないのでは? 根に持っている。)
 1分――いつものヤソにしては長考、普通の人だったらちょっと考えたというくらいの時間の後、彼はギアハルクをキャストする。
 カウンターはならず者にフルコミットして、ギアハルクがハーベスターに登場しフルパンチする。神ではならず者を倒せなくなった格好だ。廣澤の土地が伸びなければ、毎ターン3点ずつハーベスターに削られる。6ターンクロックである。もちろん、ギアハルクの本体も好きあらば殴れる。
 廣澤は全て通し、残りライフ7とした。八十岡は霊気拠点をプレイし、手札を2枚とした。
 廣澤は、次のターンもスカラベの神を出してだらだらするという展開を嫌ったとも言える。土地の枚数を考えれば、一応相手のならずものを引っ張って耐えることもできる。ドローとエネルギー補給がある分それがお得だ。
 アップキープの誘発をスルーし、メインに入る廣澤。できる行動がなく、土地を置いて少し悩んだあとターンを返す。
 八十岡はなぜさっきのターン土地を置いたのだろうか?
 トラッカーの受けを考えるなら持っていてもよかったはずの霊気拠点だが、恐らく、5マナ+2マナの受けを想定していたと思われる。このデッキには4マナのカードが多面相の侍臣しかなく、それもサイドカードである。ところがそれがサイドインされている。したがって、蓄霊稲妻+スカイソブリンや、不屈の追跡者+二発目の応酬という組み合わせが十分に想定された。それから、運悪くならず者の精製屋を引いたとして、引いたカードをすぐ使える状態にしておく必要もある。
 このターン、恐らく牙長獣を引いたと思われる八十岡は、それをキャストし、かつ山をプレイした。残り一枚の手札は蓄霊である。ほぼ想定どおりに2回行動を取ることができた。立っている土地は5枚。コンバットに入ってしまえばできることにも制限が出てくるがT(5マナも必要ない)、もっとも欲しい蓄霊があるというのはかなりの引きの強さである。カラデシュの神は破壊不能だが、スカラベ神は何度も蘇るものの、蓄霊で殺すことができる。したがって、総攻撃すれば14点与えて、7点のオーバーキルで勝利することができる。
 フルオープンの相手がもしもマグロだったら、だ。
 実際には最低でもスカラベ神によるゾンビ召喚や、青緑ミシュランの起動によって、必ず一回分は壁を用意することができる。だからこのターン仕留めることは難しい。とくにゾンビ召喚の場合、場に残り続けてしまうと形成逆転の芽が出てしまう。攻めているように見える八十岡だが、全く油断できない。削剥を引かれたら終わりだが、蓄霊でも一緒だ。甲鱗のワームくらいなら一枚で殺せてしまうだけのエネルギーがある。
 そういうわけで、人の形をした甲鱗のワームである7/6のならず者は、廣澤の蓄霊に討ち取られる。残エネルギーは2。
 地上を走るギアハルクはスカラベ神にブロックされた。見かけのスペックは4/4VS5/5。安全に打ち取れそうだ。だが八十岡にもまた、さっき打たれたのと同じ蓄霊稲妻があった。彼はスカラベ神に蓄霊をキャストする。数字は選択しないが、現状エネルギーが11+3あるので、どの道5以上で打ってスカラベ神を殺すのは確定だろう(面白いのは、例えば廣澤がスカラベ神を「巨大化」などした場合、それに合わせてエネルギー消費を8などにして結局焼き切れるというところである)。こうして神が死んでしまうと、ギアハルクのトランプルで4点が貫通し、お空のハーベスターと合わせてきれいに7ライフが削られてしまう。対応策があればなんとかだが、なければおしまいの状況だ。廣澤がシャカパチしながら悩み続けている。これはポーズなのか?
 対応策はあった。廣澤の手札は削剥、ハイドラ、スカラベ神だった。
 削剥を撃つしか無いことは自明だ。だが何が彼を悩ませるのか。それは空も地もともにアーティファクトだというところだ。両方処理できてしまう。
 ハーベスターを破壊する場合、デメリットなしでギアハルクと牙長獣が殴ってくる。八十岡の手札は空だから、次に生物をひかない限りは、牙長獣とハーベスターが両方殴ってくることはない。とはいえ、飛行のハーベスターチャンプブロックが難しい。したがって2Tクロックがほぼ確定してしまう。難しいところだが、最終的に廣澤はギアハルクを破壊した。3点通って残りライフ4。
 ところが、私も見落としていたのだが、八十岡の場には青緑ミシュランがあるので、実際には必ず2体で殴ることができる。つまり廣澤には詰めろがかかっていた。
 廣澤のドローは蓄霊。スカラベ神2枚とハイドラが手札でもたついている。マナは7枚分。
 廣澤はハイドラをキャストした。スカラベ神ではない。見劣りするように見える。
 なぜだろうか。少し考えてみよう。
 スカラベ神を出した場合も蓄霊を撃つことはできるが、エネルギー量は5になる。ハイドラを出した場合は8である。
 ヤソのエネルギーは9。牙長獣は+4+4まで強化できる。したがって6/6になれるので、スカラベ神のサイズを超える。この生物はアーティファクトではないから、そろそろダメージで倒すのは厳しい。牙長獣を殺さなければかなり危険だが、チャンプするにしてもスカラベ神の方がいいように見える。
 これは、あるとしたらだが、ハイドラをチャンプして墓地送りにし、スカラベ神をキャストして余剰4マナでゾンビ召喚することを考えていたのではないだろうか。つまり、牙長獣はチャンプ、ハーベスターを蓄霊で破壊ということだ。ヤソの場の青緑ミシュランはhexproofなので除去を当てることができない。しかし、地上しかいないのであれば、牙長獣はスカラベ神、ミシュランはゾンビハイドラなどで打ち取ることができる。
 実際、ハイドラは牙長獣にブロックアサインされ、八十岡は牙長獣に+3分のカウンターを乗せた。残りエネルギーは3。見た目上、ハイドラを限界までパンプアップしても相打ちがせいぜいだ。
 廣澤はハイドラを救うのを予定通りに諦め、ハーベスターを蓄霊で葬った。
 次のターンにスカラベ神をキャストする。土地を足すことができない。
 ヤソは土地を交えてフルに殴り、廣澤を残り1まで追い詰める。
 廣澤はトラッカーをキャストし、調査で生み出した手がかりトークンを引いて、最後の望みをかける。残り2マナしか使えないのに、2マナの生物を引けなければその時点で負けだ。とはいえ、さすがにトップ8コンペティター、見事に牙長獣を引きあてて即座にキャストする。
 これでトラッカーのスペックが4/3になったため、青緑ミシュランと相打ちが取れるようになった。かなり状況は混迷してきた。
 帰ってきたターン、八十岡はトラッカーとチャンドラの敗北と土地という手札から、同じ行動をミラーリングするようにトラッカーをキャストして土地を置く。そして即座にカードを弾く。チャンドラの敗北を使うために山1枚だけをアンタップで残した。このターンは攻めない。
 廣澤は、即スカラベ神を起動できる土地9枚に到達できなかった。スカラベ神を再キャストするも、手札にはもう一枚のスカラベとハイドラがだぶついていた。合計9マナ、ヤソよりも2枚のカードを使うために必要なマナ量の平均が多い。
 ターンが戻って、八十岡が牙長獣、トラッカー、ミシュランでアタックすると、廣澤は場札を畳まざるをえなくなった。
 
 
■ゲーム3
 先行の廣澤のサイドボーディングだが、ゲーム2の動きが分からないため判然としない。
 ただ炎チャンドラなどはいれず、否認を2枚増やし、牙長獣を1枚抜いてはいたようだ。
 
 一方、後攻となる八十岡のサイドボーディングはおそらく以下の通り。

 in
 1 つむじ風の巨匠
 1 ジェイスの敗北
 3 削剥
 out
 1 新緑の機械巨人?
 4 導路の召使い(マナクリ) 
 
 アウトの最後の1枚がよくわからなかったのだが、緑ギアハルクではないかと思われる。押収や侍臣、ソブリンなどは全て温存されていた。
 
 廣澤の初手は、島、森、霊気拠点、トラッカー、マナクリ、調和、押収。申し分ない。
 八十岡のファーストハンドは、トラッカー、霊気拠点、牙長獣、森、削剥、ならず者、森。ようやくマリガンなしキープをすることができた。こうしてみると、二戦ともハンディキャップを背負って戦っていたようなものであった。
 廣澤は森から調和を打って山を持ってくる。八十岡のドローはならず者、森を出してGO。
 獲物道を引き込んだ廣澤はこれをアンタップインするとマナクリを出す。八十岡は相手ターンにできる行動がない。返しのターンに霊気拠点をおき、エネルギーを払って削剥をマナクリに打つ。
 廣澤、島からトラッカー。相手に赤マナがないことを見込みつつの手なり。八十岡は引き込んだ植物の聖域をアンタップインしてならず者。ドローは
 廣澤、霊気拠点をおいて調査しつつ、ドローしたハイドラをキャスト。エネルギーが8になる。
 八十岡、ターンをもらって一旦逡巡。解説のKJが「廣澤さん(有利)かなあ」と述べる。
 この時点のハンドが森、聖域、霊気拠点、牙長獣、ならず者、ならず者、そしてトラッカーである。
 ハイドラを直接除去する手段がないため、いったんならず者をおいてドローし、タップインランドを処理。今なら、ダブルブロックすればハイドラを打ち取れる。 
 ターンをもらった廣澤、とりあえず手がかりを生贄に捧げる。追加の慮外の押収を引き込み、タップインランドを置く。土地を2個立たせてGO。いつでも手がかりを引き直せる。
 八十岡もいよいよ追いかけてトラッカーを出し、霊気拠点をプレイして調査する。そしてそこから牙長獣。タップアウト。エネルギーは5。ハイドラを落とすためには生物がとにかく必要だ。
 手がかりも引きながらターンを得た廣澤、スペルとして蓄霊と牙長獣を追加する。だがキャストするのは浮いている押収だ。これでヤソのトラッカーを奪う。これで、土地を置くと2倍の手がかりが得られる。とんでもないアドバンテージだ。おまけにマナも潤沢。普通は形成が決まったと言える状況である。
 八十岡、トラッカーを引き戻しつつ、手札には侍臣を抱える。ただ土地5枚であるため、両方同時には展開できない。明らかな劣勢に、Finkelのように頭を抱えて悩みだす八十岡。そのあと、トラッカーでも侍臣でもなく、ならず者を置いて収める。ローリーさんは「これなら廣澤くんは動きやすいね」と述べる。そして、牙長獣でアタックを宣言する。
 このターンはかなり難解な判断が下されたと思われる。手札には除去がないため、霊気拠点含みの2マナが立っているものの、これはその点ではブラフである。だが、土地を置くことはできたため、トラッカーで調査することについては意図的に遅らせたものと言える。冷静に考えると、これは、ならず者で蓄霊を引くことを想定した受けだったように思われる。だが彼は引いたのだろうか? この段階では見えない。
 廣澤は牙長獣のアタックにハイドラでのブロックを選択した。だがこれは正しかったのだろうか?
 八十岡のエネルギーは7、廣澤は8である。牙長獣はエネルギー2でパンプできるが、ハイドラは3かかる。効率が悪い。牙長獣は最大5/5になることができる。ハイドラは6/5だ。この時点で交換されることが確定した。そして廣澤の土地はタップアウト。エネルギー以外のコンバットトリックがない。
 もしも通していれば、牙長獣は恐らく、削剥の範囲外であるタフネス4になった程度で済んだだろう。ライフは16である。その牙長獣を押収しておけばよかったのではないだろうか? しかも廣澤は蓄霊を手元に抱えていた。
 だが廣澤の立場からすれば、この八十岡の牙長獣単騎アタックは不気味すぎる。この一撃のダメージ分で帳尻を合わせれ、最終的に逆転されるのではないか。だからブロックする心理は極めてよくわかる。そしてその計略に言わば踊らされ、廣澤はハイドラを失い、八十岡は第一の急場を凌ぐことに成功した。
 こうしてみると、もしかしたら八十岡は、廣澤は押収を重ね持ちしていたことに気づいていたのではないか? だとすれば、トラッカーではなくならず者を連打したことにも明確な意図があるように思われる。もちろん、ゲーム2では、八十岡は相手のならず者を奪うことによってゲームに勝利したから、軽視はできないのだが、トラッカーを万が一もう一枚奪われたら、本当に取り返しのつかないアドバンテージ差が生まれてしまう。その点、ならず者の能力はCIPだ。奪われても、それ以上のことにはならない。
 そして、ならず者のドローによって、しっかりと削剥を引き込んでいた八十岡は、もう一枚のトラッカーを除去することに成功し、アドバンテージ差の懸隔がこれ以上広がらないようにすることに成功した。
 このやり取りは、壮絶である。さっきまで圧倒的劣勢だったはずの場が、気づいたらまっさらになったように見える。こんなことがあるのだろうか?
 こうなると、トラッカーがいかに強いとはいえ、3体のならずものの存在も馬鹿にならない。なにせうっかりトラッカーで殴ったら、返しに9点を食らってしまう。いつでも頓死がありえる状況になってきた。かなり緊張感が高まる。もちろん押収も打てるし、土地を追加でプレイして手がかりが3枚になった。その内1枚をドローして、牙長獣を引き込むと、すでに持っていた分も含めて2体展開した。これで数の上でも生物が均衡した。
 八十岡は満を持してトラッカーをおき、土地をプレイしてGO。廣澤も手がかりドローする。
 返しのターン、廣澤はトラッカーの押収を試みるが、こともあろうに、これは、八十岡がサイドインしたジェイスの敗北によってカウンターされた。八十岡は2マナを残しており、追加で手がかりをドローすることができる。この時点で、アドバンテージの天秤は、事実上八十岡に傾いた。
 ジェイスの敗北は否認とは異なり、青いカードならなんでも打ち消すことができる。だから相手のならず者やつむじ風を打ち消すことができるのだが、特にこれは押収ミラーを意識したカードだと言うことができるだろう。ならず者の連打で、廣澤の押収の打ちどころをなくしつつ、恐らくはトラッカーをキャストした時点で、この青敗北を八十岡は手に持っていたのだろう。それはなかば安全確認した状態でのキャストである。蓄霊を打たれたらしょうがないが、マグマスプレーや削剥ならば手がかりドローで耐えきることができる。こうしてみると、考え抜かれたプレイである。
 もっとも、このあと廣澤はまさにトラッカーに蓄霊を打ったのだが、繰り返すように、蓄霊稲妻だけがトラッカーに対する唯一の解答だった。もしもこの順番が逆だったらどうなっていただろうか? 
 こういうのは、MtGにおいては、結果論的にはミスということになるが、ケアしきれなかったことをしてミスというのはかなりハイレベルな状況だと言わざるを得ないだろう。もちろん、八十岡がそのレベルで考えていることは間違いないのだが……。だから、こういう風に言うのは不適切なのかもしれないが、MtGとは、ミスをすると負けるゲームである。ミスをして失った一手分の差がまるで強調されるような形で負けてしまう。それは、後から「あそこでああしていれば」と後悔するような内容であることもあるし、その一手をあたかも売ってしまったことにより、相手がクリティカルなトップデックをしてしまったりするということもある(もちろん、元から手札にそのカードがあったのかもしれないが)。
 果たして、八十岡は慮外な押収を引き込み、カウンターが3つ乗った廣澤のトラッカーを奪い直すのであった。
 狐につままれたようである。押収で相手のトラッカーを奪ったのは廣澤でなかったか。だというのに、気づいたら盤面がまったく反対のことになっていた。
 とはいえ、廣澤もただのプレイヤーではない。手がかりでドロー、ならず者のキャストで再度ドローを行い、蓄霊稲妻を引き込むと、肥大化する自分所有のトラッカーが、敵の陣営でぶくぶくと資源を増やしていくのを止めるのに成功した。繰り返すが、いまやトラッカーへの対処は蓄霊稲妻だけしかない。そして恐らくこれは三枚目の蓄霊稲妻であった。
 八十岡は8マナを使い、ハイドラを2枚並べる。
 このとき、解説陣は「ヤソのデッキには慮外な何枚入っているか」「2枚」と述べているが、誤解である。メインにすでに1枚を取っていたヤソのデッキには、3枚の慮外が入っているのである。そして、廣澤は2枚であり、それを使い切ってしまった。こうしてみると、ヤソのチューンは、はなから同型を殺す目的であったということがよく分かる。それは、全てのデッキにちょっとだけ有利なようにデッキを作るという、ヤソコンの精神そのものであった。
 とはいえ、それで終わるほどゲームは楽ちんではない。廣澤は4マナチャンドラを引き込むと、それの疑似ドローから牙長獣を引き込んでキャストする。牙長獣は、先ほどのシーンを思い出せば、効率よくハイドラを殺すことができる対応策だ。したがって、コンバットを緻密に考える能力に乏しいものにとっては、またも、盤面は全く膠着してしまったように見える。だが、チャンドラは放置することができない。
 押収することができないチャンドラへのもっとも簡単な対処は、チャンドラの敗北を引き込むことである。デッキに2枚のこのカードを引き込む可能性はあるが、最後の手がかりドローではどうもそれを得られなかったようだ。八十岡はコンバットでチャンドラを処理することを試み、カードを並べながら計算を始める。
 これまでも盤面の把握という点では最難関とも言える場面が何度も訪れていたが、こと算数的な計算という点では、この局面こそが間違いなく最高難度である。チャンドラを殺したいが、そのために生物をかなり相打ちにするか、一方を取られる可能性がある。しかも場合によってはがら空きの場面で返しに本体を殴られて詰めろが賭けられてしまう可能性すらある。
 ヤソの場は
 ならず者、ならず者、ならず者、ハイドラ、ハイドラで、青緑ミシュランもある。エネルギーは11。
 廣澤はほぼタップアウトで、
 牙長獣、牙長獣、牙長獣、ならず者、そしてチャンドラという状況である。エネルギーは7。
 ここでヤソは、状況を打破するために、戦闘前に侍臣をキャストすることにした。そう、彼の手札は土地2枚と侍臣であった。
 コピー先は、ならず者かハイドラかのいずれかといったところだろう。
 牙長獣もありえなくはないが、これはCIPで得られるものがない。前2者であれば、カードを引いてエネルギーを得られるか、エネルギーを得て追加効果を持つ生物を出すことができる。
 八十岡はならず者のコピーを選択する。エネルギーは13。これでハイドラを都合4回パンプできるようになった。廣澤は牙長獣を都合3回パンプできる。
 八十岡はハイドラ二体でのアタックを宣言する。
 こうすれば、必ず1:1より大きい交換を相手に強いることができる。
 侍臣を一枚追加しただけで、混迷した場がかなりクリアになった。侍臣というカードを入れていたチューンが光る。このことによって、彼は5枚目のならず者をプレイすることができたわけである。
 廣澤は、結局、牙長獣3体でハイドラ1体を、ならずもの1体でハイドラ1体をブロックすることを選択する。この結果、ハイドラ1体と牙長獣2体+ならず者が交換されるということになった。
 だが、このあと信じられないことが起きる。なんとコピーした侍臣でヤソが引き込んでいたのは、まさに欲していた最適打のカードであるチャンドラの敗北だった! 山をプレイしてこのカードをプレイして、廣澤のチャンドラは脆くも墓地行きとなる。こうして、彼の場には牙長獣一体だけが残ることとなった。八十岡の場には、17点分の打点が残った。そして、チャンドラを打った際のルーティングボーナスで、不要牌だった森が捨てられ、未知のカードが手札に加わる。
 すかすかだったように見えた場や手札が、まるで魔法のように綺麗に整理された。まるでリプレイ動画を見るかのような体験だった。
 廣澤は、タップインランドをおいてターンを返すことしかできなかった。
 八十岡は、17点の打点に加え、3/3のミシュランを起動してフルアタックをする。牙長獣で一方を取られても、もうほぼ意味がない。かくして廣澤は場札を畳むこととなった。
 その瞬間、八十岡は「つかれた……」と呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
(終)